モテるモテないと、現代における雄

モテるモテない問題は、これは、ほんとうは、もっと根深い問題であると思う。

ピックアップも女も、結局、自分自身のなにごとかに興味があってそうしている、ということになるだろう。

やはり、僕にとっても、学生時代の、めちゃくちゃモテていた男子は、嫉妬の対象で、学年で一番かわいい女の子と付き合ったりしていて、今思えば、あんなにうらやましいと思っていたこともない。

ただ、誰もが、分相応ということを学ぶのだ。

自分は必ずしもモテず、むしろ女たちから毛嫌いされる、とまで悲壮な現実が目の前にあったとき、よほど頑丈で聡明な精神をもっていないかぎり、自己弁護と、防衛機制から、そんな現実をありのままに認識することなどできない。

それでどうなるかというと、モテない現実に苦しまないために、分相応の振る舞いをはじめるのだ。

あきらめるのだ。

学年イチの美女に告白するなどせず、付き合えるとも考えず、ちょうどスポーツでごく簡単に負けるように、モテにおいて圧倒的に敗北していることを知っているから、そこで勝負しなくなる。

洒落込んだりもしなくなる。

オタク的な趣味にうちこんで、色恋に興味がない体裁をとりはじめる。

二次元の世界に居場所をみつけだして、そこに熱中する。

そうすると、異性から選ばれない現実は、もう現実ではなくなるからだ。

この麻薬は強烈で、生きていくために、自分の敗北をごまかす、とのやり方を学ぶのである。

学ぶというよりも、それは生存のための技術である。

だが僕たちが、真に雄として生きて、上質な雌をたくさん獲得したいと思うなら、弱肉強食の世界にたちかえらなければならない。

幼少期や、少年期の、あの、弱肉強食の露骨な生活に、たちかえらなければならない。

文明は、コロナで老人や基礎疾患もちの病人をきりすてることができずに、ゆるやかに滅んでいく内在的論理を構築しているのだ。

野生は、生き残るために、種にとって不要な老人や病人をきりすてていく。

野生は、強いものがいきのこっていく。

そして、弱い者よりは強い者が美しいという、自然の、天然の、雄大な秩序の中に立ち返っていく。

だがここからさらに論理はすすむことになる。

真なるPUA。

真なる雄は、文明の中を華麗に舞い踊る野獣である。

あらゆる悪条件と、時代の条件を克服し、極上の女を大量に獲得してゆくのが、現代における真の雄なのである。

時代に置き去りにされる男は、女を獲得できない。

ではまた!